た学生がいた。
朝鮮の中学より転校してきた一人の生徒は、たしかに腕力においても、胆力においても世才においても、九州各地の中学より転校してきた、単純な勇み肌の暴力少年よりは、一枚上に立っていた。しかし彼は、壱岐の小学校の少年親分のように、新兵隊をそなえているのでもなく、党派をつくるというようなふうでもなかったので、いたってあっさりした暴力者であった。彼の主張に反する場合にのみ、にらみをきかしていた、暴力者であった。しかし、それ
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